東京高等裁判所 昭和31年(う)166号 判決
被告人 畔上顕
〔抄 録〕
弁護人控訴趣意第一点について。
案ずるに、原判決が判示第二(一)(1)において被告人が佐藤はる子から現金千円宛三回及び現金七千円合計金一万円を各供与を受けた旨、同(2)において同じく佐藤はる子から現金五千円及び現金千円合計金六千円の各交付を受けた旨、同第二、(二)において被告人が(1)高野徳治に対し現金三千円を、(2)市川誠治に対し現金五千円を、(3)高野忍に対し現金五千円を、(4)坂本角左衛門に対し現金二千円を、(5)右同人に対し現金二千五百円を、(6)西沢剛に対し現金二千円を、各供与した旨判示していること判文上洵に明かである。右判示によれば被告人が供与或は交付を受けた現金の総額は金一万六千円であり、他方、被告人が供与した現金の総額は金一万九千五百円であることも数理上正に所論のとおりである、従つて被告人に対する原判示自体より観れば、被告人において公職選挙法第二二四条にいわゆる収受し又は交付を受けた利益は存しない筋合である。
然し乍ら、被告人が原審相被告人佐藤はる子より供与を受け又は交付を受けた現金は、原判決中被告人佐藤はる子に対する判示事実即ち原判示第一(一)に明かな如く合計三万三千円であることは、その挙示する証拠により優にこれを認め得られるところであつて、その全額より被告人が原判示第二(二)の如く供与した総額の一万九千五百円を差引いた残余の部分即ち一万三千五百円こそが公職選挙法第二二四条所定の被告人の収受し又は交付を受けた利益に属するものと断ぜざるを得ないのである。果して然らば、原判決が、右残余の一万三千五百円の価額を被告人より追徴したのは寧ろ当然であつて、原判決にはいささかも違法の廉あるを見ない。所論によれば、被告人が佐藤はる子より昭和三〇年四月一六日交付を受けた金一万円については無罪の言渡があつたのであり、又右一万円と原判示第二(一)(2)の六千円を除く残余の七千円については起訴されていないのであるから、これにつき追徴額の算定をなすべきものではない旨主張する。然し乍ら、投票買収の為め金員の交付を受けたる者がその交付の趣旨に従い更にその金員を選挙人に供与したときは、その全額なると一部なるとを問はず、常に金員供与罪のみが成立し、金員の交付を受けたる点は右供与罪中に吸収せられ別罪を構成しないものと解すべきを相当とする。(同趣旨大審院昭和一二年三月五日刑判決大審院刑事判例集第一六巻上二三八頁、同昭和一三年三月四日刑判決大審院刑事判例集第一七巻一六〇頁各参照)されば、受交付罪と供与罪につき同時に起訴ありたる場合においてその併立を認められないとして受交付の事実につき別罪を構成しないとした場合又は受交付の事実につき起訴せず単に供与罪についてのみ起訴のある場合においても、受交付の事実そのものが証拠上認め得られる限り、受交付金額の全額につき公職選挙法第二二四条所定の利益あるものとして、追徴額算定の基礎となし得るものと解するを相当とすべく、(同趣旨前掲昭和一三年三月四日大審院刑判決参照)これに反する所論は独自の見解であつて到底採用し難い。論旨はその理由がない。
(工藤 草間 渡辺好)